生きづらさを克服し、望む明日を掴む

音楽や詩、小説、気持ちを伝えることで誰かの力になることを目指すブログ

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短編小説 蜘蛛の糸を掴むがごとく

 最終列車に乗って家に帰る途中、満杯の車内の中で息が苦しくなった。
息苦しいのなんていつものことだけど、今日はなんだか違った。特別息苦しかった。
列車を降りる直前の僕はきっと真っ青な顔をしていたことだろう。
酔っ払いが吐くかもしれないとでも思ったのだろうか、周りの人が避けていく。
やっとの思いで、ホームの椅子にたどり着いて座った。
頭がボーっとする。その一方で、過去の出来事や今の出来事がなんだか頭の中でグチャグチャになって、まとまらない思考をしていた。
生き苦しい。
列車を降りてもそんな思いが消えない。

 ただ、誰かに縋りたかった。
苦しくて苦しくて、この苦しみを消して欲しくて。
きっとそれができるのは自分自身だけなのだろうとわかっていても、僕には不可能だった。
スマホを取り出して、通話アプリを使って電話をかける。
聞き慣れた呼び出し音がなんだかひどく耳障りで、心がザワザワした。
出てくれよ、頼むから。
長いこと待ってみたが、相手が出る様子はない。
脈が早くなっているような気がした。
僕はフラフラとしながら、駅のホームを出て、自宅を目指すことにした。

朦朧とする意識の中で、脳のどこかの部分が通話相手を待っていた。
自宅を目の前にしたあたりで、呼び出し音が鳴り出した。
僕はスマホを取り出して、通話ボタンを押す。

「どうしたの?」
相手はどうやら騒がしい場所にいるようだ。
電話の向こう側からいろんな声がする。
それだけでもう気持ちが萎えてしまいそうだった。
「いや、別にどうってわけじゃないんだけどさ」
「声聞きたかった?」
相手が先読みするかのように言う。
そうだ。
声が聞きたかった。
僕を受け入れてくれる誰かの声。
それだけが生命線。
「まあ、そんな感じ。今話せるかな?」
望み薄だと思いながら、それでも僕は意思を伝える。
「15分くらいならいいよ。」
そう言った相手は、すでにその騒がしい場所から離れたようだった。
「何してたの?」
「バーで飲んでたよ。でも今もう帰るとこ」
「そうなんだ。お酒飲めていいね。」
「ああ、そらくんってお酒飲めないんだったっけ。」
もう何度も話しているような気がするが、覚えてもらってないようだ。
「そうだよ。悠斗にはもう何回も話してるし。」
「そうだったか。いろんな人と話しすぎて記憶が。」
「確かにいろんな人と話してるよね。そういやこのあいだの人はどうなったのさ?」
「え〜誰だっけ?」
「ほら、なんか体育教師でしつこいとか言う人」
話の途中で、自室についた僕はベットの上で横になってぐったりしていた。
「あーあの人ね。相変わらずっちゃ相変わらずだけど。」
「付き合ってはないの?」
「んー付き合ってはない。それより他にかっこいい人いてさ」

 それから相手のそんな話にしばらく付き合った僕は、15分で相手が家に着いたあたりで電話を切った。
家に着いたら着いたでやることがあるらしい。
大学も卒業して、社会人になるのを待つ身の僕には取り立ててこれといってやることもない。
この電話の相手、悠斗はこうやって一年くらい電話だけの関係を続けている。
僕はこの相手に多分恋愛感情を持っているのだろう。
きっと相手も気づいている。
けれど、それを承知で他の相手の話を相談してくる。
そして、それに馬鹿正直にいつも答えている。
救いようのない関係だ。
なのに、話す内容はどんどん深くなっていた。
最初は、悠斗の学校でのくだらない話などだったが、次第に暗い家庭環境の話や、どうあがいても普通にできない恋人関係の話(相手を試すような行動をとってしまう)などの話に移行していった。
相手が自分を好きになることがないのは分かっていた。
仮に付き合えたとしても上手くいくわけもないし、そもそも3歳年下でいろんなトラウマを抱えている相手が自分に求めているのは”兄”や”父親”のような存在だとどこかで気づいていた。
でも、この頃には僕の生きづらさは限界を迎えていて、遥か遠くに住む相手にすら、そうして依存してしまっていた。
人の世話を焼くことで、自分をなんとか保っていたのかもしれない。